わかれめ
ほの白き樹氷ような葉桜の
白色灯の下立ちつくす (音呼)

山里に今年も春は巡りくる
君の不在がまぼろしのよに(音呼)
今日はとってもいいお天気でした。
雪を残す青い山々
桜色をまじえた萌葱色の木々
雪が消え、乾いた色のぼんやりとした大地
軽トラックや耕耘機、せいを出す人たちが見える田畑
この時期の農村の風景が好きです。
明るい日差しの下そんな風景の中をドライブしていて、
ふとあなたのことを思い出しました。
去年は、あなたも一緒に乗っていましたよね。
あなたが逝ってもうすぐ9ヶ月
去年のGW
元気だったあなたの笑顔、笑い声を思い出しました。
あなたの知らぬこの春も、
いつものように美しいですよ。
吹く風のいき先はるか目をほそめ
あとふた月の日々にむかわん(音呼)
は~、今年もあと2ヶ月切っちゃいましたね~
ここで新年のご挨拶をしたのが昨日のことのようです(ちょっと誇張)。
山積みな感じのto do listに立ち向かう前に佇んじゃってる私ですが、後から自分を罵らなくてすむようぼちぼちがんばる所存です。
ええ、ここぞの集中力はあるつもり。
それにそなえ(?)明日の祝日はたっぷりほうけるのだ。
それから1日働いて、週末には5日からスタートの21美の新しい展覧会にもお出かけしようかな~なんて、結局お出かけプランばかりが頭のなかを漂います・・・・・・
なんたって、タイトルに「楽園」がついてますから・・・・・・
特に注目はコレ
ではみなさま良い祝日を
ホントだよ 日にちは覚えちゃないけれど 君がいてくれてホント嬉しい(音呼)
久々桝野さんの所を読むことができました。
んで、久々に投稿。
私ったら、誕生日とか、その他の記念日にしても覚えているのが苦手。
10代くらいまでは女子友間イベントの波になんとかのってましたが、実は全然だめ。
ドラマなんかで、妻の誕生日忘れちゃった夫が「私のことなんかどうでもいいんでしょ!」とか言われてると、「いや、そういうことじゃなくって~」って思っちゃう側っだったりするし。
自分のことでも、女に多いと言われる記念日重視にはほど遠い。
オメデトウメール送ってくれるマメな友達にはこっちからも送りたいと思うのだけど、いまや正確な日が思い出せなくって・・・・・・
友よゴメン!
でも、君がこの世の私の近くに生まれてくれて、とどまっていてくれること、ほんとメデタイ!って思ってますから!
「ついてきな」そんな目をして振り返る 猫の背中のまるみをなぞる(音呼)
猫の背は、背骨の節一つひとつで
まあるくなってるのがわかる。
心臓もとくとくいうし、
咽はごろごろなるし、
生きていること、
血が流れていること、
そういうことがとってもよくわかる。
自分のこと以上に。
自分より小さな生き物にふれるっていうのは
そういうの
感じることだと思ったりする。

ネコ要らず私はネコでキミ要らず
どこでネズミを獲っているのか(音呼)
ひさびさ枡野さんの所に投稿です。
実は雨短歌3も取り上げていただいてました。
そして、今回のお題は「猫」ということで、これはつくらないわけにいかないと思って早・・・
身体がぎしぎしして長く書くのもニャ~な気分のためつくってみましたよ。
かなりオヤジギャグ化してきているでしょうか・・・
いや、粋ですよね?
ね!?
三味線もつけますから~
濡れた手をつないでしばし雨宿り
冷えているのか燃えているのか(音呼)
「雨」短歌2にコメントしてくださったそたろさんの歌への返歌考えてて出てきた歌ですが、どうせなのでこれも投稿!
「燃えているのか」は「蒸しているのか」も考えたけど、なんか、多少さわやかな方にしてみました。
大丈夫「雨が降ったらお休みで」
みんなのうたもそう歌ってる(音呼)
今時の子ども、いや、若者ももうこの歌は知らないような気がしながら、でも好きな歌だったんだもん。
んー、わかるのは30代以上なのかな?
なんだかな ずっと雨音が聞こえてる
目に映る空は晴れているのに(音呼)
久々枡野さんのところに投稿です。
日本では、雨はどっちかというと湿っぽい、悲しいイメージになりがちな気が。
スコールがどかっと降ってからっと晴れるようなところだと、また全然違うイメージがあるんだろうなぁ。
あと、水がすっごく貴重な所ね。きっと輝かしいイメージなのかも。
そういうの歌で調べても楽しいかもしれない。
蜘蛛の糸繰って紡いでしがみつく
生きられるなら嘘でも幸せ(音呼)
避難はしご「幸(しあわせ)」。
このネーミング、すっごいセンスだと思いません?
「嘘」短歌1も2も、この避難はしご「幸」を織り込みたい!ってことろからそもそもつくってみたものなのだ。
ようやくの春の空気を胸に抱き
むかえる週末やすらかな朝(音呼)
はー。一仕事、区切りがつきました。
昼夜逆転もいいかげん。
久しぶりに気分がちょっと安らかです。
ゆっくりお風呂でも入ろうかな~
いつの日も一番前のこの席で見つめた景色君越しの空(音呼)
卒業シーズンですね~
「蛍の光」より、「今日の日はさようなら」が好き。
この歌つくっててなんとなく思い出したのは、2002年の名作オムニバス映画Jam Filmsの中の1作、妻夫木聡君主演の「JUSTICE」(行定勲監督)。教室の窓からブルマ姿の女子に一喜一憂する妻夫木君が、かなりかわいかった。
なんでだろ 春一番が吹いてから 寒さがもっと身にしみるのは(音呼)
3月になってからの方が、雪が多いんですけど~
まわりがあったかい様子だと、気にならなかった寒さも気になるんですけど~
雨音がいつにもまして響く夜は一番だけの唄繰りかえす(音呼)
久々枡野さんのところにTBです。
北陸の冬はもう毎日水分たっぷり
乾燥する暇なし
週末も雨と雪らしい
今週はちょっと春らしくなってたのになぁ~
冬の終わりといえばカニシーズンも来週まで
もう一回くらい焼きガニ食べときたいな
ねえ、ねえ、ねえ、誰かほめてよこの髪型 眞鍋かをりにそっくりでしょ?(音呼)
枡野さんの今月のお題は「眞鍋かをり」。
あの髪型はいつ見てもとってもかわいい。
目が印象的にも見える絶妙なバランス。
髪型で印象は変わる。しかーし、髪型が一緒でも印象はまったくことなるってのも真。
ならばオンリーワン系で。
あと少しひねりつぶせるサイズまでもはや君はおもちゃでさえない(音呼)
休日出勤なのに1時間も待ちぼうけが判明!
う~
ところで
「もはや僕は人間じゃない」なんて言える森山直太郎はやっぱりどうかしてると思う。
この手の届かぬとこで動いてく
このサイアクをどうしてくれよう(音呼)
初ホトトギスにいいことありそな気がしてたのに(T-T)
さっさと帰ってなんか美味しいもの食べて、ハリウッド映画でも見てやる~
ぅ~
白詰草 どんなおもちゃより好きだった あの頃待ってた王子様はどこ?(音呼)
たぶん今でも花冠はつくれるはず。イメージはキャンディキャンディだけど、アメリカでも女の子は同じように遊んでたんだろか。そのまえに、今の日本の少女たちはするのかな?
おもちゃ箱だって無限じゃなく底があるからみつけられるんでしょう(音呼)
どらえもんのポケットだって、ほんとに無限なら入ってるのは無くしてるのと同じになっちゃうって。
「あなたの中に眠っている無限の才能」とか、「個性」とか、そういうのはうまくだまされてる感じ。
神様からもらってきたものを見つけようとするより、今いる場所で何をするかだと思う。
周りを見ようとしないで見えてくるものはないし、何にもぶつからないで磨かれていくものもない。
あたしだって髪をのばしたかったのに ロコたんの髪ばさっと切った(音呼)
子どもの頃、リカちゃんとロコたんでよく遊んだ。ロコたんはちょっと風貌も「かわいい・・・?」って感じの個性的なキャラで、髪型を変えるためのウィッグ付きというのが異色だった記憶がある。
ある日思いついて、ウィッグの髪を美容師さんよろしくカットし始めた。長さが不揃いで、どんどんどんどん短くなって。さらに個性的なロコたんができあがりましたとさ。
これだけだと女の子らしいきもするが・・・
人形の首とか手足とかはずしてみたり、サディスティックな要素もあったのかもしれないとか、ふと思う。
まあ、子どもにはそういう時期ありますよね?
トカゲのしっぽを踏んでみたりとか・・・
ありんこ潰して回ったりとか・・・
それからそれから・・・
え、もう言わない方がいい?
飛ぶんなら ぜんぶ飛んでしまえばいい ズキズキ痛い酔っぱらってみた夢 (音呼)
まさに今の気分
あー いい話は覚えてないし
忘れたいことは覚えてるし(でもやばいのは忘れたふり)
いやー、何度失敗しても懲りないのだが
なんだかたぶん そもそも
失敗したくて酔っぱらってるのかもしれない
それに、酔っぱらってるときは臆面もなく甘えられたりもし・・・
多少自分をだますくらいのことが必要な時もある
(いや だから後から痛いのか)
そんな自分に気づいてしまった今日の気分でもう一首
夢には関係ないけど夢のある方向で
言い訳が ないとジャンプもできないらしい 痛む頭とひきかえの恋 (音呼)
夢だって ちょっとゆがんでるくらいでいい まんまるな月はちょっと怖いし (音呼)
枡野浩一さんのかんたん短歌blogに初めてトラックバックしてみます。
で、名前もちょい和風に文字をあててみました。まず形から入るタイプ。
短歌はよくわからないけど、お題があって、そこから言葉のイメージを探るのもおもしろいなあと。
「夢」って言葉を聞くと、なんだかまぶしいイメージ。例えるなら満月のような。
でも、シミ一つない月はウソっぽいし、完璧な円は隙がない。
「冬月夜」でもそんな私の月イメージは書きましたが、すこしゆらいだり、濃淡があったりするくらいが、優しいし、近いと思うのです。
以前良寛さんの書の展覧会(2001年@Bunkamura)を見に行ったとき、円を書いた物がとても印象的でした。心を相当静かにしないと円は書けませんね。そして、その行為は何か、自分を試すような、何か見えないものをのぞき込もうとするような、そんな挑戦的な行為のような気がします。できあがった円のやわらかさとは反対に。
と、こんなことを書いていますが、今日は相当二日酔いです・・・