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「わたしいまめまいしたわ」展@MOMAT

東京国立近代美術館で2008年1月18日~3月9日まで開催の「わたしいまめまいしたわ 現代美術にみる自己と他者」展に足を運ぶ。
オープン直後で心配していたのだが,(夕方滑り込んだこともあるのかもしれないが)週末なのにとってもすいていて,時間はないものの好きなように見て歩くことができた。

回文のタイトルも斬新だが,展示のつくりかたも作品もけっこう面白い。珍しく図録を買ってしまった。安いっていうのもあるけど,読み物として面白いから。

自分とは誰か。アイデンティティを問いの対象に放り込んで,それを,自分の形と表象,生きる空間と時間の境界,他者や社会とのつながりからほぐしていく。人の手でつくられたもの(作品)を並べて,人の頭の中の虚像を壊そうとする戦略。

アイデンティティ論の近年の知見を反映した,キュレーターによるものだろうその語りかけ,意味づけは,展示されている現代アート作品以上に多弁なのでちょっとうっとうしい面もあるかもしれないが,一片の視覚的な論文を読むようなつもりで見にいくと楽しめるかもしれない。

単純に,空白で見て強烈な作品,おもしろい作品もたくさん。
ほんとうに,錯覚効果によるものでなく,イメージの共鳴によるめまいを感じたのは,草間彌生の「天上よりの啓示」(1989) 。足下がぐにゃりとまがって,脳内イメージの中に浮かぶ感覚。
同じく「冥界への道標」(1976)も印象的。こちらはめまいではなくたしかに, そこに描かれた死の手触りがわかる気がした。

一番面白かったのは高嶺格による映像作品「God Bless America」(2002)。
コマ取り粘土アニメ作品。ただし,巨大粘土作品をつくる過程含め,それが置かれた部屋での作者の暮らしぶりも背景として定点的に映し出す。作業して,パートナーや友達とおしゃべりして,くつろいで,寝て,時にはセックスもして,その全てを見せる。

自分の身体そのものを,ジェンダー含め作品化するっていうのは,シドニーで見たJulie Rrapがそうだった(あー,それも書くつもりで数ヶ月・・・)。彼女のはもっと生々しくて,もっとクリティカルだったが,それに近いインパクトを感じた。

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